2008年12月18日
インフルエンザ
もう後2週間で今年も終わりですね。でも最近は全く実感がわかなくなってきましたね。
今年もインフルエンザが猛威を振るっているそうです。これにかかると本当に厄介です。
僕も何度か、かかっているのですが、僕らの場合、熱が40度あっても
舞台に立たなくてはならない仕事なので体調管理には気を使います。
ヴィバルディの「四季」全曲の本番の時も熱が41度あって、
身体の関節は痛むし、頭も重く手に力が入らない状態で、非常につらかったことを良く覚えてます。
インフルエンザといえばロシア時代にも何回か、かかりまして大変でした。
一度目はモスクワでの寮生活が始まって数ヶ月が過ぎた頃、全てが新しいことばかり、
言葉もまだまだ、不便な生活にくたびれているとき、ソ連型インフルエンザに感染しました。
高熱が数日間続き喉はパンパン、日本から持ってきた薬は全く効きません。強力なウィルスでした。
何処にも行けずただただ苦しんでました。ルームメイトが見るに見かねて救急車を呼んでくれました。
医師が熱を測って簡単な問診を済ませると、入院が必要なため荷物を準備しなさいとの事、
簡単な着替えを何枚か鞄にいれると救急車に運ばれてモスクワ第6病院に搬送されました。
まず医師の診察があってインフルエンザと診断され、しばらく入院の必要ありとのこと、
そのまま伝染病棟に入れられます。ここがスゴイところなんです。
まず僕が病院まで着てきた服は下着以外全部没収されます。
それからまるで囚人服のような寝巻き??が支給され部屋に案内されます。
確か8人部屋だったと思います。夜は逃亡を阻止するために部屋に鍵がかけられます。
まるで囚人のようでした。建物の外に出る扉は施錠されており全く出ることも出来ません。
ベットで意気消沈して寝てると看護婦がやってきて、おしりに注射を手際よく打って行きます。
一日4回5日連続で計20本のペニシリン注射を打たれました。
お陰で筋肉痛で座ると痛くて辛かったなぁ。
また食事も悲しい内容で紅茶とジャガ芋のすり潰したものと肉団子1個、
しかし初日、二日目、三日目と僕にだけ肉団子がありません。
お腹が空いてたまらないので看護婦に聞くと、まだ熱が高いから消化に悪い肉は駄目の一言。
肉と言っても団子1個ですよ。トホホでした。
またトイレはホント、笑っちゃいました。
入るとだだっ広い部屋に便器が2つ、便座なんてありません。
(ロシアの公衆トイレは便座がありません。あっても汚れてて座れません。
なので結局和式トイレと同じ様な使い方をします。)
一番の驚きは隣の便器との間に壁がないのです。
用を済ませると新聞紙で拭くので結構痛いです。
もしかしたら今もおしりにプラウダの文字が印刷されているかもしれません。
そんな病院生活を1週間程した頃、友達が見舞いに来てくれました。
本当に嬉しかったのを良く覚えています。面会室で小さな小さな窓超しで面会しました。
友人達は僕の囚人のような服装にビックリしてました。
差し入れにジュースを2本持って来てくれたので大事に少しずつ飲もうとしたのですか、
それも寝てる間に盗まれました。
2週間が過ぎた頃、僕も我慢しきれなくなり医師にもうすっかり元気なので出してくれと
何度も嘆願しました。なかなか許可が下りないので大事な本番が近々に差し迫っているので
出してくれとお願いしてやっと出て来ることが出来ました。
まだその時は喉の調子も体調も良くなかったのですが、病院を出られた喜びで
次第に体調も良くなっていきました。ロシアのインフルエンザは本当に強力でした。
勿論病院も凄すぎでしたが。
このときの体験はとても印象に残っていてインフルエンザと聞くと必ず思い出します。
またこの体験をはじめ過酷で厳しいロシアの洗礼をいろいろと受けて、
精神的にも肉体的にもかなり鍛えられました。
そういう意味ではとてもとても感謝してます。
またいつかロシア時代の山の様にあった「珍」エピソードは書きたいと思います。
皆様も手洗い、うがい、マスクを着用してインフルエンザには十分気をつけてください。
崔 文洙
●最近のとりさんたち●
おうちに入ってぬくぬくぽかぽかのハラショー(^。^)
初登場!!
セキセイインコのそらちゃんとコザクラのぴっちちゃんです。
大の仲良しです。
最近気になる人です(^_^)
2008年12月7日
ここ最近急に寒くなってきました。
陽が落ちるのも早いですね。
トリフォニーで練習が終わって外に出るともうすっかり暗くなってます。
この時期はインコ達にとっても寒いのでケージの中にヒーターを取り付けてます。
それをサーモスタッドで温度調節するのですが、数日前の朝、ポロちゃんのケージに
掛けてあるカバーを取るとポロが見あたりません。
温度計を見ると50度近くになってます。
慌ててケージの中を見ると下の方でうずくまってました。
危なかったです。もう少し気が付くのが遅かったら蒸し鶏になってるとこでした。
原因はサーモスタッドのコードが噛みちぎられて破壊されていたため。
ちょっとした大事件でした。
命びろいしたポロちゃん!!
12月1日は所沢ミューザで演奏会がありました。
遠いところ、沢山の方にお越し頂きまして誠にありがとうございます。
十数年ぶりにベートーヴェンのクロイツェル・ソナタを演奏させて頂きました。
改めてベートーヴェンの偉大さ、素晴らしさ、厳しさ、難しさを再認識させて頂きました。
僕がよく聞く録音はほとんど古いものばかりなのですが、ベートーヴェンの録音ですと
フーベルマン、クライスラー、ブッシュ、オイストラフ、ミルシュタイン
どの演奏を聴いても強烈な個性と主張に圧倒させられます。
それから、みな明らかに違う自分の音と解釈で普遍的な宇宙を構築しているのです。
録音の古さなど超越してます。
素晴らしいの一言に尽きます。
所沢のコンサートで面白い出来事が。
演奏を終えたとき、客席にお座りの方が中尾涁のような渋い声で『うめぇーなー』と一言。
一般的に演奏にお客様が感銘を受けると『ブラヴォー』と叫ぶのが恒例化してますが、 とても嬉しく、そして面白く思いました。
その他、今迄で印象に残っているのでは「うまいっ!」「日本一」等。
皆様も何か面白い掛け声、考えてみませんか(*^^)v
崔 文洙
このヴァイオリニストは誰でしょう(^_^)
2008年11月9日
早いものでもう11月になってしまいました。今年も後二月、あっという間に過ぎてしまう感じです。
でも我々も着実に歳を食って行ってるんでしょうね。。。
昨日は大好きだった筑紫さんが亡くなられました。享年73歳、早過ぎます。
つい先日もフルネ先生が亡くなられました。
新日本フィルとの共演では、素晴らしい20世紀の豊かな色彩感、
バランスのとれた構成力で感動的な瞬間を共有させて頂きました。
また今年は僕の師匠でもあり日本のみならず、世界の音楽界、ヴァイオリン界に多大なる貢献をされた江藤俊哉先生が亡くなられました。
本当にこれから僕らが先人の意思を受け継ぎ、次の世代に伝えていく重要性、責任を強く感じでおります。
心よりご冥福をお祈り申し上げます。
最近、サブプライム問題を発端として世界的な金融不安が世の中を揺さ振っています。
その中でアメリカ大統領選でオバマ氏が当選されました。暗い話題ばかりの中でささやかな光が射した感じがします。
ここ数年はブッシュ政権の政策に振り回され、アフガニスタンや終わりの見えないイラク戦争、それにサブプライム問題、、世界的不況・・・
かつて20世紀に人類が犯した罪深い戦争の世紀が繰り返されないことを切に願うのであります。
20世紀は音楽家もその嵐にのみこまれ、戦乱を避けるようにヨーロッパからアメリカに移り、その厳しさを芸術作品として残し、
また演奏家もその共有する精神をとても強く理解し演奏したのです。
僕にとってもその精神的哲学が最重要で全てです。それがなければ演奏芸術の存在する意味はないと思います。
かつて芸術家は時の政治に翻弄させられました。
フルトヴェングラーやカラヤンは素晴らしい音楽家でしたが、ナチス党員となりドイツでの活動を続けました。が、
数多くの天才芸術家を輩出しながらも、多くの家族、仲間を虐殺されたユダヤ人にとっては赦しがたい事でした。唯一メニューヒンは例外として。
21世紀、この先芸術家が政治に翻弄され利用されない時代になるよう僕らも精神哲学も技術も磨き続けなければいけないと思います。
崔文洙
●最近のぼくの鳥さんたちの様子です。●
右:朝シャン後のドレちゃん!!
「お呼びですか???」ポロちゃんです。
ハラショーと、世界情勢について熱く語り合う。初登場!コザクラのモーちゃんとブーちゃんです。誕生日が一日違いの仲良し兄弟です。
最近とても食べたいもの。
京都祇園泉門店の餃子。
2008年9月10日
21世紀の文明の進歩は本当に素晴らしいものがある。
しかし便利さと引き換えに失ったものも沢山あり、
芸術音楽の分野でもその傾向は顕著に現れている様に感じる。
例えば、最近録音されたCD、ラジオ、テレビなどの音源は、どれを聞いてもそれ程大した違いがない。
極端な言い方をすれば、殆ど皆同じなのである。
もちろん上手い下手の違いはあるけれども。
オーケストラにしても、ソリスト、弦楽四重奏にしても、独自のカラーの様なものが感じられる演奏を聴く機会は少ない。
この傾向は、日本だけではなくヨーロッパを含んだ世界的な傾向のようだ。
奇妙なことではあるが、これだけ多様な分野でのグローバリゼーションが進めば、自然なことなのかもしれない。
どこにいても、ネットに繋げば世界中の音源はすぐに入手出来てしまう時代、ベルリンもパリも、ネットを繋げばとても近い。
良い意味でも逆の意味でも、距離が無くなってしまった。
この現状を、20世紀中盤、偉大なる芸術家フリッツ・クライスラーはすでに予見していたのだから、すごい人物である!!
全く僕個人の主観であるが、その結果適切な表現ではないと思うが、
弦楽器奏者は殆どがド@ナ@ト弦の音、という感じがする。
ピアニストにしても同じ、、指揮者???
だがこれがいけないと断言するつもりはない。現状なのである。
しかし、これらの流れは芸術の真の意味からは逆効している。
芸術において、普遍性を持った!!個性は絶対に必要不可欠だ。
芸術家が均一化してしまっては本来の意味がない。
僕は自分の音、自分にしか出せない音を出すための終わりなき探究を、生涯続けて行きたい。
そして、真の芸術家でありたいと心より思う。
その為に、これからも全てを捧げて行けたら幸いだ。
うちのハラショーといろいろ考えるのである。
崔文洙
広報のドレミちゃんは大きくなったらホワイトフェイスになりました。ハラショー鳥をやめたハラショー
2008年7月29日
暑い日が続きますね。
この季節は楽器を弾いてると汗まみれになってしまう感じがしてあまり好きではないです。
暑くても乾燥してると大分楽なんでしょうけど。
前回の更新から大分時間が経ってしまいました。
このぺースだと年に4回しか更新されないのでもう少し頑張って更新していきたいと思います。
6月25日のリサイタルには 沢山のお客様にお越し頂きまして誠にありがとうございました。
すばらしい聴衆の皆様の前で演奏する事が出来た事を大変嬉しく思います。
お客様が集中して聴いて下さっているのが演奏中に僕にも良く伝わってきました。
7月の定期演奏会にも、沢山の方々に足を運んで頂き大変感謝しております。
演奏される機会の少ないコンチェルトでしたが、いかがでしたでしょうか。
僕としては、ショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲第2番は非常に素晴らしい曲でもっと演奏されるべき曲だと思います。
1番のほうは大分メジャーになってきた感じですけど。
2番は1番より内向的でショスタコの最晩年に作曲された曲のひとつですが、
非常に難解でショスタコ独特の痛烈な皮肉とヒューマニズムに根ざす哲学、芸術に対する厳しい過ぎるくらいの音楽的良心、
最高度の緊張感と情熱を強く感じます。
20世紀の全対主義政権下の厳しい情勢のなかあのような痛烈なメッセージを込めた作品を作り続けるということは、
余程の確固たる信念と哲学がないと出来る事ではありません。
またあのような激動の20世紀だったからこそショスタコのような天才が生まれたとも言えるかもしれません。
どちらにしても芸術家はいつも政治や体制に利用され続けてきた歴史があります。
事実、ソビエト共産党政権もショスタコを政治的に利用しようとしたのです。
その中であれだけの曲を書き残したのですから、その才能と精神は想像を絶するものがあります。
僕がモスクワに行った頃はまだ共産党独裁の時代でしたのでショスタコのおかれていた状況などを想像することは難しくありません。
その後90年代、ロシアは冷戦の終焉、民族紛争など激動の時代がショスタコの死後も続きましたが・・・・・・
最近モスクワに行ってきた友人に話しを聞いたところ、モスクワはすっかり変わってしまったそうです。
オイルバブルで物価も上がり、好景気で昔とは全然違う様です。
(はじけた時恐ろしい感じがしますが)
いつも演奏が終わると思うのですが、(この日も例外なく)
弾き終えたという安堵感と、演奏の中で気になった箇所に対して、
何故うまくいかなかったのかという気持ちが複雑に絡み合います。
バイオリンという楽器は本当に難しい楽器で、いくら考えて考えて練習しても、
いろいろなイメージや起こりえる場面を想定しながら準備してても、なかなか思うようには行きません。
恐らく現役中は最後までこういう状態が続いていくのでしょう。
応援してくださる方々には心から感謝しております。
以前のエッセイでも紹介しましたが僕はインコを沢山飼っています。
沢山いて世話が大変なのですが、それぞれ個性があって性格もいろいろ、相性などもあって結構人間臭いです。
寂しいと呼び鳴きしたり、あまり遊んであげないとすねたりと本当に面白いですよ。
今日はまたとっても人間臭くてひょうきんなシロハラインコの”ハラショー君”を紹介します。
配色が面白くて、着ぐるみを着てるみたいに見えませんか?
つい最近家に来たニューフェイスです。
崔文洙
2008年4月8日
こんにちは。
日本全国に桜が咲き始めました。
春ですね。
日本は四季の美しさを感じることが出来て、とても良い環境だとつくづく思います。
先日、ロシア時代のファイルを整理していたらいろいろな演奏会プログラムが出てきました。
どれも印象深いコンサートばかりでした。
外来演奏家で見ると、 アバド指揮、ベルリン・フィルのブラームスの1番のシンフォニー、
チェルビタッケ指揮 ミュンヘン・フィルのブラームスの4番など。
(これらの演奏会のことはまた次回書きたいと思います。)
ヴァイオリニストではまずアイザック・スターンのコンサート、
この時はモーツァルトの3番のコンチェルトとベートーヴェンのコンチェルトを二曲弾いたのですが
とても強い印象が残ってます。
僕はモスクワ音楽院の天井桟敷の席で聞いていたのですが、PPが素晴らしい響きで届いていました。
モーツアルト、ベートーヴェンの第二楽章の美しさはとても感動的でありました。
細かな技術的な傷はありましたが、その様な事は気にならない素晴らしい構成力とスケールの大きさに
圧倒されたのを良く覚えています。
あの時代は西側から文化使節として著名な演奏家が来露したのですが、
モスクワの聴衆のレベルが非常に高いので、演奏家の気合というか、
演奏の質がとても高かった気がします。
いつも何とも言葉では形容しがたい緊張感がホール全体を包んでいました。
イスラエル・フィル、メータと共にパールマンも来ましたが、
とても素晴らしいチャイコフスキーを聞かせてくれました。
またショロモ・ミンツのパガニーニのカプリ-ス全曲演奏会など
日本では興行的な意味で敬遠されそうな意欲的なプログラムがたくさんありました。
素晴らしいヴァイオリニストであるピカイゼンも
パガニーニのカプリース全曲演奏会を度々行ったのですが
コンサート終了後の楽屋での話しで、
リサイタルでカプリース全曲をとりあげるのはもう70回くらいになるとおっしゃってました。凄いです。
本当にモスクワの聴衆は耳はこえていて
皆音楽を良くわかっているし、とても反応も敏感なのですが
逆に怖い存在でもありました。
演奏の質が良くないとお客さんが途中で帰っちゃう、その人か西側ではいくら有名な演奏家でも。
逆に素晴らしいと、演奏会の休憩中に公衆電話に列ができて、
アンコールの頃には満員って事もあったようです。
グレン・グールドがロシア公演を行った当時、彼はまだカナダから来た無名ピアニストでしたから
モスクワ音楽院の大ホールは開演時はガラガラだったそうです。
が、終わる頃には超満員だったらしいです。
良い演奏のときは無名の演奏家でも、演奏が終わったあとの聴衆の反応がとても良かったです。
ブラボーとともにアンコールを求める拍手、それが手拍子になって
ホール全体がひとつになるとてもエキサイティングな瞬間が何度もありました。
常に演奏家に対する聴衆の評価がとても正直だった様に思います。
また拍手にはお国柄もあるようで
ロシアでは聴衆が盛り上がると規則正しいリズムを聴衆全体で刻むのですが、
ハンガリーのブダペストでは手拍子が徐々に速くなっていってチャルダッシュのようでした。
最速になるとまたどこからかゆっくり拍手するグループが現れて
また速くなっていく。
まるでお客さんたちによるアンサンブルのようでした。
おもしろいですね。
モスクワにはクラシック音楽のメインホールとして音楽院の大ホール、小ホール、ラフマニノフホール、
チァイコフスキーホール等でなどでコンサートが行われるのですが、
レニングラードのフィルハーモニーホールとともにほんとに音響が素晴らしいです。
雰囲気はもちろん、アントン・ルービンシュタインが音楽院を創設したときのまま。
科学的に測定したわけではないのでしょうが。
残響の時間から、音色など当時のひとたちが耳と感性で作り上げた楽器!!創造物だと思います。
音響の素晴らしさは世界のホールの中でもトップクラスでしょう。
またモスクワでは日本では手にはいらないようなレコードをたくさん集めました。
コーガン、オイストラフなどの西側では発売されていないライブレコーディング集、
西側にほとんど出ることが無かったアンドレイ・コルサコフやその他の超一流演奏家たちのLPは僕の宝物です。
3月はブリテンの戦争レクイエムの本番がアルミンクの指揮でありました。
10年前、ロシアに行ってスラヴァと小澤さんの指揮で演奏したのがつい最近の出来事のように思い出されました。
モスクワでは来賓としてエルツィン大統領、橋本龍太郎元首相がホールにいらしたのですが、
その時にいらした3人がもういらっしゃらないんですよね。
寂しさとともに時代の流れを感じます。
話はガラッと変わりますがうちのニューフェイス
ネズミガシラハネナガインコの“ポロちゃん”を紹介します。
写真は片足でひまわりの種を握って食べているところ。
体が大きくいかついのに臆病で、小さな音にも驚いて止まり木からどてっと落下しています。
崔文洙
2008年2月15日
こんにちは・こんばんは。
2月の東京は寒い日が続きます。
今年は雪の降る日が多いですね。
我が家の小鳥たちのケージは毎日毎日要保温!
常に30度をキープしています。でないとすぐに、小さな鼻からハナミズが・・・。
くしゃみもするんですよ。
皆様も風邪など召さぬよう、ぜひあたたかくしてお過ごしください。
+++++++
この一ヶ月間、忙しくてあっという間でした。
1月、2008年最初の新日本フィル定期演奏会はハウシルト氏指揮「ブル8」。
ハウシルト氏とは、今までブルックナーのシンフォニー第5番、第7番、第9番と共演させて頂いておりますが、
ご存知の通り大変に素晴らしい指揮者で、今回も大変楽しみにしていました。
今回は第8番。
ブルックナーへの理解と、構成力、音色に対する要求等、全てにおいてレベルの高いハウシルト氏の指揮の下、
良い演奏会になったのではないかと思います。
いかがでしたでしょうか。
+++++++
新日本フィル「クラシックへの扉」シリーズでは、
デリック・イノウエ氏と若手ヴァイオリニスト松山冴花さんとの共演。
「室内楽シリーズ」にて、ショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲第8番を、
新日本フィルヴァイオリン奏者のの宗田勇司氏、ヴィオラの原孝明氏、チェロの山崎泉氏と。
そして翌日は東京文化会館にて、「トリオ・エドアルテ」の第一回演奏会。
翌日から、ピアニストであり故・岩城宏之氏の奥様でいらっしゃる、
木村かをりさんのオール・メシアンプログラムのリハーサル。
東京・四ツ谷の紀尾井ホールにて行われたこの演奏会は、
木村さんの音楽に対する情熱とメシアンに対する尊敬の念を強く感じる演奏会でした。
岩城さんも木村さんも、生涯をかけて自分の音楽を追求されておられ、
改めて尊敬すべき音楽家であると感じる演奏会でした。
そして再び新日本フィル定期・マルク・アルブレヒト指揮
ワーグナー「さまよえるオランダ人」、デュティユー「チェロコンチェルト」、R・シュトラウス「英雄の生涯」。
チェロコンチェルトのソリストはベルリンフィル首席チェロ奏者のクヴァント氏、さすが素晴らしい演奏でした。
「英雄の生涯」はアルブレヒト氏の指揮の下、弦・管・打とそれぞれ活躍どころが盛りだくさん。
英雄の妻を表すヴァイオリン・ソロの部分、いかがでしたでしょうか。
2008年、忙しいスタートとなりましたが、いずれも大勢のお客様に恵まれた演奏会となりました。
中には続けて演奏会に来て下さったり、楽屋口やメールで感想を伝えてくださったりと、暖かいお客様に恵まれ本当に幸せです。
忙しくて十分に返答出来なかったり、なかなかすぐにお返事が出来ないかもしれませんが、
僕らにとって大きな励みになります。今後とも応援して頂けますと幸いです。
さて、ここで演奏会のお知らせです。
2月の定期で演奏した英雄の生涯、初めてこの曲を弾いたのは10年程前、新日本フィルに入ったばかりの頃でした。
コンサートマスターでいらっしゃったステュアート・ケイニン氏が指の怪我のため、急遽前日に演奏することに。
指揮は小澤征爾氏でした。
来る2008年6月25日の19時より、紀尾井ホールにて僕個人の演奏会を予定しています。
近日中にチラシが完成する予定ですが、大変有難いことに演奏会へ寄せたメッセージをいくつか頂きまして、
その10年前のエピソードを含んだ小澤征爾さんからのメッセージを記載させて頂いております。
同じくチラシには新日本フィル音楽監督であるクリスティアン・アルミンク氏、敬愛する指揮者・井上道義氏、
そしてヴァイオリニストの巨匠である○○○○氏からのメッセージが掲載されますので、ぜひご覧ください。
曲目はブラームスのソナタ、ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲ほかを予定しています。
ピアノは兄である崔仁洙(→今月2月20日に演奏会があります。詳しくはこちら)
オーケストラは新日本フィルです。
チケットは各プレイガイドほか、今月2月23日から新日本フィルチケットボックスにて発売予定です。
ぜひ聴きにいらして下さい。
+++++++
最後に、頭の上でカメラ目線の ドレミ(広報担当・ミズイロ) と ポッチ(営業担当・イエロー)
帰宅し放鳥するやいなや頭にとまる広報と営業の図。↓拡大きっちりカメラ目線
崔文洙
2008年1月1日
ホームページOpenしました。
新年あけましておめでとうございます。
今年も宜しくお願い申し上げます。
ようこそこのホームページへおいでくださいました。
こちらのホームページでは、演奏会のご案内などとともに、音楽のことやモスクワに留学していたときのこと、
日常生活で感じたことなどを、特にテーマを決めずに書いていこうと思います。
演奏活動をしながらのことなので更新が出来ないこともあるかもしれませんが、
どうぞお付き合いください。
そして、ぜひ演奏会へもいらしていただけると幸いです。
さて、このHPについてのご案内です。
"どれみちゃん"
広報担当。
メインページにこの小鳥がいるのはお気づきですか?
この小鳥はコザクラインコといって、南アフリカの方に生息している小鳥です。
ご覧になってみていかがですか?
僕はこのコザクラインコが好きで、この鳥ほかにも現在6羽をペットとして飼育しています。
近くでヴァイオリンをさらうと、インコたちも一緒に歌います。
音楽を聴いていても、一緒に歌っています。
一羽はC・ドの音を覚え、何かあるとその音程で呼びます。
小鳥とはいえども表情豊かで、日々驚いてばかり。
エッセイではこの小鳥たちのことも、ときどき書こうと思っています。
また、メインページにロシアの風景写真があるのはお気づきでしょうか。
僕は二十歳のときから約10年間、ロシア連邦モスクワにあるチャイコフスキー記念モスクワ音楽院に留学していました。
ちょうど旧ソ連政権が崩壊した時代だったので、音楽のことはもちろんですが、それ以外にもそこでしか出来ない経験をたくさんしました。
窓の外で銃撃戦があったり、日常品を買うのに何時間も並んだり・・・色々と学びました。
そんなことも書いていけたらと思います。
もちろん人生そのものである音楽のことも書きます。
どうぞお付き合いください。
崔文洙